スポンサードリンク

2024-11-27

胃袋の近代:食と人びとの日常史 湯澤規子著 名古屋大学出版会 2018年刊

「食べること」を土台に置いて近代の色々な人々の有り様を描いた本だ。

食べること自体が色々な背景や意味を持つことがこの本を読んでいくとわかってくる。それは貧困の問題を扱っているようで実はそれ以上の人間が等しく持っている「食べること」を誰しもにも充足させることがいかに困難であるか、を気づかせてもくれる。

だからといって著者はいきり立ってはいない。その困難さを直視し、またその困難さに対して何らかの行動を起こした人の事を資料の中から描き出している。

身近なことが大きな問題に気づく機会であることを示しているばかりでなく、個々人が意識しないで大きな流れの中に存在し眼前の課題にどの様に対処していったかをも示している。

「すぐそばにある歴史学」を実感させてくれた労作だった。

2024-11-18

西郷従道 小川原正道著 中央公論新社 中公新書2816 2024年刊

「首相対暴論があったが固辞し続けた」というキャッチコピーがあったのでどんな人なのかと思い読んでみた。

西郷隆盛の弟なのだが隆盛の死後も政府の大臣や軍の指導者を務めている。その割に有名でないのが興味を引いたので読んでみた。

読んでみて著者は「首相にはならなかった」とは書いているが「「固辞した」とは書いていないようだった。この点は肩透かしをされたような感じがする。

長く政府の要人として過ごしたのだが、その理由についてはほんの最後の方でサラリを触れているだけなのでうっかりすると見過ごしてしまいそうだ。

従道の経歴については丁寧に記されているので力量のある人だというのはよくわかるが「なぜ重要されたのか」についても本の最後の方で少しだけ触れている。まぁ「偉大な人だ」と売り込むよりはいいのだが。

そもそもが従道が表面に目立たない形で活動していたので書きにくいのかもしれないが彼の行ったことは明治政府を軌道に乗せヨーロッパ諸国に伍していけるように筋道を立てていくことだった。この点に焦点を当てた従道論の本をぜひ読んでみたいと思っている。

2024-08-02

土俵の真実 杉山邦博の伝えた大相撲半世紀 杉山邦博、小林照幸著 2008年 文藝春秋刊

一定年齢以上になるのだろうが相撲の中継を見たり聞いたりした人なら誰でも聞いたことのある杉山邦博氏の著書だ。

この本を読むまで「杉山氏は相撲の中継をするより競馬の中継をする方がもっと良かったのでは」と思っていた。しかしこの著書によると杉山氏は相撲中継をしたくてアナウンサーになったのだそうだ。「競馬の方が、、、」と感じていたのはやや違っていたのだと思った。

杉山氏の中継は華麗なものだった。その杉山氏が「抑制の美学」を推奨しているので大分戸惑った。まぁ、こういうものなのだろう。

力士を中心にして相撲界のあれこれを記しているので「なるほど」と思うことが多い本だ。杉山氏の記していることを同時並行で知っているものにとっては感心したり「そうだったのか」とびっくりしたりと、それなりにスリリングな本であるのは確かだ。

そしてこの本が杉山氏の独りよがりになっていないのは小林照幸氏が別の角度から相撲について記しているからだ。

特に二人の書き方を合わせたというわけではないのだろうが、時には共鳴し、時にそれぞれの見方が並列されている。なかなかスリリングな感じがある。

かなりコアな相撲好きにとっても面白く読める本だと思う。良い本に出会えたという感じがしている。

2024-07-02

足利将軍たちの戦国乱世 山田康弘著 中央公論新社 中公新書2767 2023年刊

「歴史は現代人にどういう意味があるものなのか」という問題意識に支えられた本だ。

この本は応仁の乱以降の7人の将軍の動向を記している。しかしそれのみではない。

「実際に力を持っていない将軍がなぜ存続できたのか」という問いに答えるための前提として各将軍の動きを記しているのだ。

各将軍ともに強大な軍事力を持たずに存在を示している。この本はこのことの回答を探っていく。

もちろん結論は出ていない。しかし検討の視点を提案していると言える。

著者の主張する通り、歴史は古いことに耽溺するものではないはず。そういうことの証明する意図も見える。そういう点では「はしがぎ」と「終章」が刺激的だ。

2024-05-07

死の貝 小林照幸著 文芸春秋 1998年刊

書名からはわからないが日本住血吸虫症を克服するための100年以上にも亘る対策の歩みを記している。

日本では現在この病気は起きていないようであるが以前は原因不明の病気としてその発生地においては恐れられていた。

血管に棲みつく寄生虫が原因で栄養不良になるのが見つかってから病気を抑え込むまでの関係者の苦闘ぶりが綿密な取材に基づいて紹介されていく。

この寄生虫は中間宿主の中で大きくなっていく性質があるため中間宿主を排除することによって罹患率を下げていくことができたのだが、その中間宿主の特定がまた難問であった。

これらの難問を少しづつ解明して行くことが本書のテーマなのだが著者の視点は日本国内だけに留まってはいない。同じ病気は中国揚子江流域やフィリピンにも存在していた。これらの地域の状況や対策についても筆が及んでいる。

下手をすると事態打開にあたった関係者の顕彰に終わってしまう内容なのだがこの本はそうなっていない。病気にかかった人の思いを伝えることも忘れてはいない。

医学や生物学の知識が必要な本ではあるが著者の説明が丁寧なのでわかりにくさはない。大きな声を出している著作ではないが感動的でもあった。

この病気の対策が中間宿主の減少が主眼となっていた。特定の生物の絶滅策の話といえば言える。しかしそういう話にはなっていない。著者は患者がいなくなったことを述べ中間宿主の生物についてはその数が減少したことだけを触れている。深刻な内容の本だがこの点に救いがあるような気もしている。

2024-05-03

神様は返事を書かない 阿部珠樹著 文藝春秋 2023年刊

書名からは分かりにくいがスポーツをテーマにした本だ。副署名の「スポーツノンフィクション傑作選」が内容をよく表して言える。

スポーツ関係の書き物というとよくあるパターンは特定の競技や競技者に絞った内容だ。しかしこの本の著者はそうではない。

登場するスポーツは野球を始め格闘技、武道、水泳、陸上、競馬と幅広い。登場するのも人間だけではなく競走馬もある。

このような広い範囲の競技について一人で書く人がこれまでいたのかどうかはわからない。しかし著者はそれぞれのスポーツ、競技と競技者をよく理解しまた足繁く行われる場所に通っていることが見て取れる文章ばかりが集められている。

敢えてそのすべてに共通することを挙げるならば、書く対象への筆者の深い理解と温かい眼差しだろう。そしてどんなスポーツについて書くときでも著者の視線にブレはない。そういう点では稀有の内容となっている。

著者の視点は人間だけに注がれているわけではない。競走馬にもそれは注がれている。その柔軟性が読みやすい文体と相俟って落ち着いた世界を構築している。

スポーツをテーマとしているとは言ってもその結果をむやみに持ち上げたり貶めたりしないでいる姿勢も一貫している。そういう点がスポーツの魅力をわかりやすく伝えているのも確かだと思う。

著者の遺稿集ということなので年代的には大分前のものも含まれている。それでもそれらの文章に古さは感じられない。すっきりとした読後感のある得難い本だと思う。読み返しに耐える本だ。

2024-04-10

上を向いて歩こう 佐藤 剛著 岩波書店 2011年刊

世界的なヒットを記録した「上を向いて歩こう」がどのようにして出来上がり、どのようにして日本を飛び出してヒットしたのかを記している。

丹念な取材、資料探索によってこの歌がどのように人物によって作られたのか、その当時の世相はどうだったのか、音楽界の動きはどうだったのか、が語られていく。

「上を向いて歩こう」を最初に聞いた時は「変な歌だなぁ」びっくりしたのを覚えている。それくらいそれまで聞いていた歌とは違っていたのだ。

ところが中村八大、永六輔のコンビによる歌がたくさんヒットしていくと「上を向いて歩こう」をそれほど変な歌と思わなくなっていったのをよく覚えている。

それにしても作曲者、作詞者、歌唱者がよく揃っていたのだと思う。坂本九の歌唱がなければあれだけのヒットはなかったかもしれないのだから。

資料や当事者にあたりつつ「上を向いて歩こう」の出来上がりからヒットまでを辿っていく過程はなかなかスリリングだ。読んでいて興奮すら感じた。

2024-04-07

黄昏のビギンの物語 佐藤剛著 小学館 小学館新書 214 2014年刊

中村八大、永六輔の二人による歌は好きでよく聞いていた。この本はこの二人が作った歌が日本のスタンダードになった事情について書いているというので読んでみた。

ところが初めの方は中村八大が音楽家になるまでの話たっだ。いつになったら歌のことが出てくるのだろうかと心配になる程だった。

それにしても中村八大はその音楽の経歴を10代の早い頃に始めていることにびっくりした。なるほど、あれだけのヒット曲を持っているわけだ、と納得させられる経歴だった。

この本を読むまで気が付かなかったのだが中村八大の作った歌、特に永六輔と共に作った歌はそれまでの日本の歌とは違っていたのだそうだ。そのことを説明するために中村八大の音楽歴を丁寧に辿っていたのだった。

中村八大のヒット曲はその当時の日本の歌とは違っていた。永六輔の詩もそうだし、メロディは雰囲気が全く違うのだ。そのことは中村八大がそれまでの日本の作曲家とは違っていることを示している。彼らの歌は分かりやすくて新鮮は感じがしていた。それは定型の表現を用いず、自然な話し言葉を中心としていたからだとこの本で指摘していたのでなるほどそうかと納得した。

そういえば、これまでの日本のヒット曲は特定の歌手の「持ち歌」とされていてその歌手以外の人が歌うことはあまりなかったように思う。著者はこの現象があったために日本には多くの歌手が歌う「スタンダードな曲」が存在しなかったのだとも指摘している。ところが中村八大はレコード会社に所属しないで活動していた。そしてその作品は多くの歌手が録音してもいた。それが「黄昏のビギン」という曲なのだ。この曲が日本にスタンダードな曲を定着させたのだ、というのが著者のこの本を書いた理由のようだ。

しかし「黄昏のビギン」は現在多くの歌手が歌っている形になるまでに時間がかかっているのだ。著者はこの曲がどのようにして生まれ、そして多くの歌手に歌われるようになったかを綿密な調査をもとにして丁寧に追いかけている。

音楽界の状況を確認するための記述から筆を起こしているので「黄昏のビギン」がなかなか登場しなかったのだと言える。

この本はそんな名曲のことを語っている。そしてこの曲を生み出した中村八大という音楽家を音楽の流れの中に位置付けてもいる。そういう意味ではスリリングな本でもある。そして自分はその流れの中にいたのだなとも思わせられた。