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2023-12-19

「忠臣蔵」の決算書 山本博文著 新潮社 新潮新書 495 2012年刊

現在は「忠臣蔵」にあまり関心があるわけではないが「軍資金の話」というので読んでみた。

内容は事件の経過についてはよく知られていることなのであまり筆を費やしていない。やはり決算書の分析が中心となっている。

軍資金の元となったものをまず記しそれをどのように使っていったのかを決算書に沿って記していく。そのため仲間との連絡をどのように取っていたのか、どのように討ち入りに向けて行動していったのかが具体的にはっきりとなっていく。

討ち入りが成功していることを知っていると、それに向けての準備が順調に進んだように思いがちだが実際はそうではなく様々な意見の相違があり、最終的に討ち入りに持っていったのは大石の手腕も大きいと著者は指摘している。

軍資金を中心として書かれたものはこれまでないような気がしている。そういう点は貴重な本だ。

もちろん、討ち入りの様子や同時代の討ち入りへの評価についても目配りしている。一方的に誉めそやしていない点はさすがと思った。

また討ち入り後の関係者の動向についても記されておりこの行動がどのようにその時代に受け止められていたかも実感できる。

ユニークな忠臣蔵関係著作だ。

2023-12-08

鉄砲を手放さなかった百姓たち 武井弘一著 朝日選書868 朝日新聞出版 2010年刊

なんだか物騒な書名だが江戸時代の農民たちが鉄砲を必要としていたことを記している本だ。そういう点では内容をよく表した署名なのだ。

著者は農村にある鉄砲を「農具としての鉄砲」と定義しその利用がなぜ必要だったのかを綿密な調査に基づいて記している。そのため単なる鉄砲の話というよりも江戸時代の開発のあり方、それの人間への、また動物への影響を記している。さらに言えば農民たちは仕留めた鹿や猪を食用にしていることから肉食が江戸時代にあったことを示している。

鉄砲から始まって著者の筆は江戸時代の農村のこれまであまり注目されていなかった面を解き明かしていく。地味な対象ではあるがなかなか刺激的な著作となっている。

「獣害」というものが江戸時代から起こっていて現代でも続いている。人間と自然との付き合い方はなかなか難しいことなのだ、そういうことにも気づかせてくれる本と言える。

2023-12-05

山岡鉄舟・高橋泥舟 岩下哲典著 ミネルヴァ日本評伝選 2023年刊

「幕末の三舟」とよく言われる三人のうちの二人の評伝だ。

この二人は鉄舟は剣術、泥舟は槍術で名人と言われたことで共通している。またこの二人は鉄舟が泥舟の実家を継いでいることから兄弟関係になっているという共通点もある。

幕臣として有能であり、二人して上野に謹慎した慶喜を警護したことでも共通点がある。無理に比較するならば明治以降は鉄舟の方が有名であったことに違いがある。もう一人の舟は勝海舟である。

この三人は並べられてはいるが号に舟がある以外はあまり似ていない。海舟は政治家であり、鉄舟・泥舟はどちらかというと武人である。まぁ幕末に相互に連絡もあったということで三舟になったのかもしれない。

三人の共通点は「徳川家に忠実だった」ということかもしれないが、これは幕臣に共通していることなのであえていう必要はないかもしれない。

泥舟が明治以降は全く表面に出ず在野で終わっている。鉄舟は宮内省に関係して明治天皇の養育係となっているので明治になっても新政府に関係している。その点は海舟と同様だ。海舟との違いは明治政府に関係しても非難されていないことだろう。もっとも政治に関係したわけではないので非難される謂れはないのかもしれない。その点は政治家ではなかったことが影響していよう。

鉄舟、泥舟ともに資料が豊富とは言えないない。しかし日記や書簡はあるので著者はそれらを丁寧に読み解いて二人の歩みを記している。

著者の鉄舟と泥舟をわかって欲しいという思いからか引用する資料はほとんどが現代語訳になっている。原文でないのが残念と言えば言えるがその分読みやすくなっていて描かれている二人の人柄に迫っていけるようになっているのはありがたいとも言える。

もちろん参考文献が充実しているので直接元に当たりたければそちらを参照することができる。その点では行き届いた本である。

明治という時代に旧幕臣がどのように生きていたのかはあまり焦点が当たらないでいる。明治になってある意味で対照的な生き方をした二人についての客観的な記述の多い著作が出たのは明治期を考える上で大事なことだと思う。

2023-11-06

咸臨丸、大海をゆく 橋本進著 海文堂 2010年刊

咸臨丸の太平洋往復の時のことについて記している本だ。咸臨丸の航海自体のことについての記述はあまり多くなく、関連する知識の説明の方が多い。

そんな特徴のある本だがこれまで読んだ本とは違って航海の過程については一番信頼できる本かもしれない。

それというのも著者は実際に船長として帆船を操った経験があるからだ。そういう人が書いた本なので往路の咸臨丸で何が起こっていたのかについての記述は信頼できる。

船乗りの目から見た咸臨丸はかなり困った状態で航海に臨んだようだ。そのことが理由を挙げて説明されている。まさに「船乗りでなければ書けない本」という感じがする。

面白く思ったのは航海中に色々と問題を引き起こした勝海舟に好意的なことだ。「公開中に自らの欠点を知りそれをそれ以後に生かしていった」というくだりは海舟についての弁護論ともなっているようだ。

充実しているのは資料だ。航海に必要な器具や用語について丁寧に説明されている。これだけでも海事についての知識が得られ、また本文の記述をより理解する助けにもなる。そういう意味では配慮の行き届いた本だ。

2023-11-01

インナーイヤーヘッドホンHA-FX711F-B

携帯ラジオ用のイヤホンを探していて中々購入する機種が決まらないでいた。

そういう時、何気なく入ったセブンイレブンにイヤホンが置いてあったので手に取ってみた。それでこの機種を購入することにした。

理由はL型プラグ付きであったこと、製造元がJVCケンウッドであったこと、音漏れ低減と書いてあったことだ。

ケンウッドは以前から気になるメーカーではあったが一度も製品を買ったことがなかったので使ってみたくなったのだ。

ケースに仕様が書かれているのだが、付属のイヤーピースのサイズがXS、S、Mとなっているのが珍しかった。この製品は使う人を選ぶのだと思えたからだ。

それはともかく早速使ってみた。イヤーピースは既に装着済みのMを使った。

軽い製品なので装着してもあまり意識しないですむ。ラジオに接続して聞いてみたら高域、低域と十分に音が出ていたので聴きやすい感じだった。気軽にラジオを聞く分には十分な性能だ。

次にMacに繋げて音楽を聴いてみた。Macで音楽を聴くことはあまりないのだが、ながら聴取の場合には充分だと思った。1,000円で買えるイヤホンにあまり品質を求めるのはどうかと思うので当初の意図である気楽な使い方にはうってつけと言える。

割合に元気な音でいわゆる「ドンシャリ」だが色々な場面で使うことを考えるとこの音の方が良さそうだ。そういう意味では使う場面を選ぶ機種と言える。

欠点としてはタッチノイズが多いことが挙げられる。しかしこれだけ細いコードを使っているのであればそれも当然と言える。この辺は使う側の思い切りにもよる。軽くて持ち運びやすいのは当初のラジオ用イヤホンという使い方には最適だ。コンビニのオーディオ製品も見逃せないなと思った。

2023-10-20

東京のヤミ市 松平 誠著 講談社学術文庫 講談社 2019年刊

ヤミ市について書いた本を読んだことがなかったので読んでみた。そもそもヤミ市について書いた本というのは少ないようだ。その中の一冊というわけだ。

「ヤミ市とはどういうものだったのか」をそれを運営していた人々、店の様子、売られていた商品などについて丁寧に書いている。材料は同時代の記録や記事などを用いている。

ヤミ市の起こりからその終わりまでを落ち着いた雰囲気で書いていくのが素晴らしい。最後の方にヤミ市の実際を復元しているのでイメージを掴みやすい。一時的に盛んであってその姿を消してしまったものについて記述している貴重な著作だ。

巻末にある「ヤミ市キーワード集」「ヤミ市年表」は労作であり有用だ。もちろん参考文献一覧もある。

2023-10-16

ソース焼きそばの謎 塩崎省吾著 早川書房 ハヤカワ新書006 2023年刊

ソース焼きそばの起源を探る本だ。著者は『焼そば名店探訪録』というブログを主催し全国の焼きそば店を訪問している。

著者はソース焼そば大正初年に浅草周辺で誕生したとしている。ソース焼きそばは鉄板で焼くことが多いので露天との関係が想像されるが著者もそのあたりから推理を始めている。

詳細は本に譲るとして、身近な食べ物であるソース焼きそばの起源がわかっていなかったというのは意外な感じがする。むしろ、身近なものであるからこそ起源がわかりにくいのだ、ともいえそうだ。

著者の結論に賛成するかしないかはともかくソース焼きそばを広まり具合を地図上にプロットした図や各地の店の焼きそばの写真はこの料理の広まり具合を示していてみるだけでも楽しい。また巻末の「ソース焼きそば年表」と「参考文献」はソース焼きそばについての情報源として活用できそうだ。読んでいるとソース焼きそばを食べたくなる本でもある。

2023-10-12

櫓太鼓がきこえる 鈴村ふみ著 集英社 2021年刊

なんとなく呼び出しになった主人公の一年を描いている小説だ。

主人公の成長を描いている小説、といえようか。相撲の世界を描きながら裏方と言える呼び出しを選んだのは「成長」を地位の向上ではなく主人公の内面の成長として描くためだったのかもしれない。その分華やかな世界を扱っていても堅実な作品になっていると思う。

作者の瑞々しい感覚が素晴らしい。また部屋の力士の本場所での相撲をきちんとした手捌き記事として記しているところから見るとかなり相撲に詳しいようだ。その部分がしっかりと小説の中の一部になっているところは読み応えがあった。

2023-08-02

三条実美 刑部芳則著 吉川弘文館 2016年刊

「孤独の宰相とその一族」と言う副書名の通り一族の人物にも筆を費やしている。一族に悩まされていたことはわかるが三条実美の伝記としてこの本を見るならば意外の感もある。

三条の粘り強い行動が良く描かれており彼が長い間太政大臣を勤めていた理由がこの辺りにあると納得できる。三条は紛争をうまく納める手腕があったようだ。

そうではあっても自分の考えを表明して状況を動かしていこうというやり方ではなかったので意図するところが見えにくいのは確かだ。「調整型の政治家」といえそうだ。もっとも人を納得させるだけの重みがあるから調整が出来るということでもありそうだ。そういうことでは動揺しがちな明治政府にとっては必要な人だったといえそうだ。

丹念に資料を読み込んでいく堅実な進め方も三条実美にふさわしい。

2023-07-30

三条実美 内藤一成著 中公新書2528 中央公論新社 2019年刊

三条実美は有名な割には影の薄い人という印象だった。あまり評価も高くないように思われる。それでもなぜ明治新政府のトップでああり続けたのかという疑問は持っていた。この本を読んで三条実美の存在感がわかったように思う。

過激な尊攘派としての面は有名だが、それ以後の歩みははっきりしない。このはっきりしないところが三条実美の特徴で自ら動かず周りを動かしていた、というのが影の薄い理由だったのかもしれない。

変な例えだが「なんとなく上に置いて座りのいい人」という感じもありそうだ。ただ政治家として積極的に業績を求めたことはなさそうで、その点がよく出たのが太政官制から内閣制に変わったときであろうか。自らの職責が無くなってしまう改革を受け入れすんなりと内閣制に移行できたのは三条が太政大臣の座を自ら降りていったことにも理由はありそうだ。

何をしていたのかはよくわからないが組織にとっては重要な人がいる、という典型の人物のようだ。こういう人はもういなくなってしまったのだろうか、とふと思った。

2023-07-23

黒い海 井澤理恵著 講談社 2022年刊

2008年6月24日に起きた漁船の転覆事故を追った本だ。著者は事故後年月が経ってから偶然のことから事故のことを知り「何が起きたのか」を粘り強く追いかけていく。本書はこの過程をしるしている。

著者のこのについての疑問は「生還者の語る事故の様子と事故の報告書が記す事故の様子があまりにも違いすぎる」ことから発している。この疑問への解答を求めての取材活動について記している。

手蔓をたどっての取材活動の様子の描写には迫力がある。犠牲者、関係者への深い共感を基調とした落ち着いた論調には著者の執念と事故を隠蔽するかのような報告書作成者への怒りも感じられる。

読みにくい本かなと思っていたのだが著者にひきずられるように最後まで読んでしまった。

2023-07-16

歴史の本棚 加藤陽子著 毎日新聞出版 2022年刊

日本近現代史専攻の著者の書評集だ。対象となった本は歴史学の本に限らない。どうやら書評担当者として書いたものを集めたもののようだ。

著者の専門領域同様、透徹した視点が色々な分野の本に対しても発揮されている。著者の「本好きさ」が微笑ましくなってくる。

また著者の作品や作者との向き合い方が読む者を作者や作品に直に触れようと導いているようにも思われる。こういう点は読書好きにとっては堪らない魅力となるだろう。

目次を見ていると魅力的は本が並んでいる。著者の後を追いかけて自分も読んでみたくなる本が何冊もある。読書案内としても素晴らしい。

2023-07-13

奇跡のフォント 高田裕美著 時事通信社 2023年刊

副署名が二つある。一つは「教科書が読めない子どもを知って」。もう一つは「UDデジタル教科書体開発物語」だ。著者はフォントのデザイナーであって、教科書が読めない子どもと接触があったわけではない。それがUDフォントが販売されるようになって自社でもUDフォントを作ろうとなった時にUDフォントを必要とする人たちとして文字を読むことが困難な人が浮かんできたことが教育現場で必要とされるフォントに行き着きそれが教科書に適したデザインのフォント制作に結びついていった。この本はその過程を記している。

色々な人との出会いの結果、それまで教科書が読みにくかった子どもにも教科の学習がしやすくなるフォントの完成に至る筋道は単なる開発物語ではなく学習しやすい環境の提供という話にもなっている。

そういう点では単なる成功物語ではない。印象的なのは「UDデジタル教科書体を使えば生徒・児童の学習しにくさが解決できるわけではない」という著者の言葉だ。文字の読みにくさの原因は一つではないので一つのフォントを使えば全てが片付くわけではないというわけだ。この懐の深さが素晴らしいと思った。

文字の読みにくさという現象についての深い理解を持つ著者の、この現象へのわかりやすい説明も印象的だった。

2023-07-07

家康徹底解読 堀新、井上泰至編 文学通信 2023年刊

なんだが怪しげな感じもする書名なのだが中身は全く違っていた。科学研究費補助金の研究成果の一部を書籍化したものなので最前線の研究成果を読めることになるわけだ。ちょっと軽めの書名に迷わされてしまったことになる。

各章は徳川家康のいろいろな面について実像編と虚像編に分けて記している。例えば第1章は「松平氏の出自」という章立てになっていて確実な資料から辿れる松平氏(徳川氏)についての記述が実像編で色々な物語等に記されている松平氏についての記述をしていくのが虚像編となっている。「虚像」というのは言い過ぎな感じもするがまぁ、実際とは違う姿を指すのであれば間違いとも言い切れない。

全体的には徳川家康について歴史学、文学、美術の各方面からの論文が集まっていて実像と虚像との差、違いがわかるようになっている。

他分野の研究者が一堂に会しているので同じテーマであっても扱い方が違い、それが一つのことへの多元的なアプローチを示している。そういう点では刺激にあふれた本だ。

細かく見れば論者によって見解の相違が明らかになっている部分もあるが、そこを見るのではなくてアプローチの違いで結論が違ってくる過程を見ていく方がいいようだ。

同じような考え方で織田信長(『信長徹底解読』)と豊臣秀吉(『秀吉の虚像と実像』)も取り上げている。続いて読みたくなるシリーズだ。

2023-07-03

江戸のキャリアウーマン 柳谷慶子著 歴史文化ライブラリー 568 吉川弘文館 2023年刊

副署名の「奥女中の仕事・出世・老後」が内容をよく示している。

従来大名家の奥向きのことは徳川家を含めて「不明」とされていた。しかし近年になって残された資料を丹念にみていくことによってその実態の研究が進んできた。この本はその成果の一つだ。

奥女中の出自は色々あるが、自ら習得した技能、知識によってより重い役を背負っていくようなシステムが描かれている。「老後」まであるのは現代の老後保障と結びついているような気がしてくる。

もちろん、登場しているの上昇できる人たちが主体となっている。いわばホワイトカラーの人たちだ。奥にはこのほかにブルーカラーというべき人たちがいるのだが、その人たちへの言及がなかったのは資料的な制約によるものなのかもしれない。そういう点では奥の全体が示されているとは言えない。

しかし奥のシステムが明快に示されたことはそれだけでも意味のあることだと思う。さらに深めたいのであれば、充実した参考文献を辿ってほしい。

2023-07-01

唐 森部豊著 中公新書 2742 中央公論新社 2323年刊

「東ユーラシアの大帝国」という副署名が内容をよく表している。最初にこの副署名を見たときにはその意味がわからなかった。それは唐は中国の王朝だと思っていたからだ。ところが著者によると唐は征服王朝といってもいいくらい中国周辺も民族が参加しているのだそうだ。

そういえば唐の領土はシルクロードをすっぽり包んでいたこともあるのだから今で言う「多民族国家」だったのかもしれない。

騎馬遊牧民の姿が普通である唐はまさしくユーラシアの国だったのかもしれない。

もっと西寄りになるとウマイヤ朝、アッパース朝やチムール帝国、オスマントルコと広大な王朝が浮かんでくる。ヨーロッパ近くにはビザンツ帝国やハプスブルグ帝国も見えてくる。多くの民族が住んでいるのがユーラシアなので広大な領土を持つと嫌でも多民族国家になってしまうのがユーラシアの特徴なのだろう。

著者の視点が新鮮でただの中国史の本ではなくなっているのが素晴らしい。

それに加えて、税の取り方についても詳しく記されている。唐の税制が中心となる記述なのだが今までよく知らなかったことなのでありがたかった。

379ページの新書なのだが読み進めやすい。得難い本だ。

2023-06-28

将軍の世紀 上下 山内昌之著 文藝春秋 2023年刊

大部の本だ。上巻735ページ、下巻760ページある。しかも小さめの字で上下二段組みになっている。文藝春秋の刊行なので専門書とは言えないようにも思うが内容は濃い。

特色はイスラム地域の歴史専攻の著者が日本史に挑んだことだろうか。そのため 叙述の中にイスラム地域のエピソードが出て来たりして日本史専門の人が書くのとはまた違った味わいがある。

内容は徳川家の歴代将軍を順番に取り上げて将軍の在位期間中の事績をしるしていくものだ。そのため江戸時代の通史となっている。

一口に「歴代将軍」と言っても在位期間の長い人ばかりではないし書くことが少ない人もいる。それがひとり分の分量の差となっている。

用語の特徴としては著者は「幕府」という言葉を極力使わないようにしている。当時の言葉を使う方針なのだ。これで改めて「幕府」という語は歴史学の用語なのだということを再確認した。著者の見識がこういう所に現れている。

日本史としてはやや異色だが色々な刺激に満ちた著作だ。

2023-06-25

「おかえり」と言える、その日まで 中村富士美著 新潮社 2023年刊

総合病院の救急救命センターで看護師をしていた著者は身近な山で怪我をして運ばれてくる人が多いのを不思議に思っていた。危険でないはずの山でなぜ怪我をするのかが疑問であった著者は実際に山に入ってみて小さなきっかけから遭難が起こることを知り、山岳遭難捜索に関わっていくようになっていった。その経験のレポートである。

副署名の「山岳遭難捜索の現場から」が内容をよく示している。山で行方不明になった人を捜索する仕事をしている人の記録だ。山での遭難については色々の見方があるが捜索現場にいる著者の視点は温かい。それは遭難者自身に対しても、また遭難者の家族に対してもそうだ。

連絡係として遭難者の家族と共に時間を過ごすことのある著者はおそらく厳しい体験もしているはずだが、その辺りはさらりと書いている。遭難の原因は一つではない。色々な条件のうちに遭難者の考え方や性格を含めていってどのような行動をするのか、も捜索の条件として探っていく。その経緯には感心させられた。

何よりも遭難者を「おかえり」と迎える姿勢が素晴らしい。そして家族が遭難者の死を受け入れていくまでも細やかに記している。いくらでもドラマチックに書けるテーマを著者は淡々を記している。それでいて配慮に満ち、控えめな記述が温かな読後感をもたらしている。得難い本だ。

2023-05-29

帝国図書館 長尾宗典著 中公新書 中央公論新社 2023年刊

かつてあった国立図書館の活動について記している。現在の国立国会図書館に吸収されてしまった図書館がどのようにして設立され、どのように利用され活動していたかについてを簡潔に記している。

結局は計画通りの建物が建つことはなく終わった図書館というのが日本における図書館の位置を示しているようでもある。

現在の司書養成課程の話や図書館の活動についての先人の奮闘の様が描かれている。話題はこの図書館のこと中心なので同時代に存在していたその他の私立、公立の図書館についての記述は多くはない。それでも帝国図書館から見た図書館界の動きは垣間見ることができる。

それまで存在しなかった「国立図書館」というものを兎にも角にも作り上げた熱意には感心した。

充実した参考文献リストは図書館の歴史について関心を持った場合にさらに知見を広げるのに役立つものだ。

私にとっては懐かしい名前がいくつも出てきたので、親しみを感じられた。

アーカイブの思想 根本彰著 みすず書房 2021年刊

「アーカイブ」は聞きなれない言葉だが、「アーカイブズ」とは違う。ここでいう「アーカイブ」は情報源を特定の場所に保管し、それを利用して研究したりするための装置、設備ということだ。まぁ、「図書館」を想定していると言えるだろう。

そういうことから言うと副署名の「言葉を地に変える仕組み」がこの本の内容をよく示している。ヨーロッパやアメリカはこの仕組みを皆で使えるようにと図書館を作っていったのだが日本の場合は個人の自宅に作っていったという違いがあるようだ。

なぜ「図書館」という言葉を使わなかったのかがこの本のテーマかもしれない。「図書館」というと「本が置いてある場所」「読書のための本があるところ」というイメージなるが、著者は「思索を伴う何らかの創造物を作り上げるための材料を保管、提供する施設」について述べたいので「アーカイブ」という言葉をあえて使ったのだろう。

こういう考え方は図書館の本来の役割を明確にしたものかもしれない。多くの場合図書館=貸出、図書館=読書という考えになってしまうがそれは図書館の持つ機能の一面を示しているだけなのでそういうイメージが混入することを避けて「アーカイブ」という言葉を使ったのかもしれない。

図書館が創造的な活動の基地となる、というのがヨーロッパやアメリカでの考え方であるようだ。そのため学校では考えるためのプロセスを大事にし、書くことによって思索の結果を示すための筋道を教えるのが教育で、思索のための材料を提供するのが図書館という割り振りになるようだ。

一見すると図書館の使い方を示しているとは思えないが、実は実践的な図書館の使い方について考えている本でもある。

わかりやすい書き方で論が進んでいくの読みやすい本となっているが内容は深く重いものと思われる。

2023-05-06

地元のオーケストラの定期公演

ベートーヴェンとライネッケのフルート協奏曲がプログラムでした。

ベートーヴェンはエグモント序曲と交響曲第6番でした。

見たところ、管楽器のメンバーが入れ替わっていました。若返りしていました。 観客席はほぼ満員だったでしょうか。何か聴衆の熱気を感じました。

順調にプログラムが進み、「やっぱり実演はいいな」と思っていました。今回は前から4列目くらいの指揮者の真後ろの席でした。こんなに近くで聴くのは初めてです。本当にすぐそばで音が出ていて今までと印象が違いました。

ちょっとスリリングだったのは第6番の交響曲でした。第2楽章の終わり近くで管楽器がひっくり返りそうになったり、部分部分でパートの受け渡しがうまくいかない部分があったりしてハラハラしました。逆に6番は難しいところがあるのだなと思いました。

6番では第2楽章が好きなので特にチェロのトップ二人に注目していました。実演でないと二人の弾きぶりはわからないので「そうなのか」と納得しながら聞いていました。

席が前の方だったのでそう思ったのかもしれませんがオーケストラのサウンドがちょっと変わってより鮮やかになっているように思えました。ちょとくすんだサウンドというイメージがあったので嬉しく思いました。

2023-04-02

志士と官僚 : 明治を「創業」した人びと 佐々木克 著 講談社学術文庫 講談社 2000刊

明治になって出現した官僚とはどういうものだったのか、明治維新の際に活動した志士とはどういうものだったのか、を主なテーマとしている。その時に「遷都」と「奠都」の違いについて述べ、「奠都」を行ったのは志士の中で官僚に変貌を遂げた人であったことを明らかにしている。

また志士は明治になっても存在していたがそれがどのように姿を消していったのかを記すことによって官僚とはどういうものなのかを描いている。

ちょっと見ると不思議な書名なのだが著者の考えを追っていくとなるほど本書の内容をよく現していると思わせる。

詳細な考察は読みにくく思われるかもしれないがじっくり行論を追っていくと明快な論旨が見えてくる。一気に読み終えてしまった。

2023-03-17

異端の皇女と女房歌人:式子内親王たちの新古今集 田渕句美子著 角川選書536 KADOKAWA 2014年刊

この本は二つの部分に分かれる。式子内親王についての部分と女房歌人についての部分だ。どちらも新古今集の時代の人という共通点がある。それというのも著者の『新古今集 後鳥羽院と定家の時代』という著書の姉妹編だからだ。

新古今の時代は女性歌人が目立つのだが、それに焦点を当てている。この本を読んだのは式子内親王を「異端の皇女」と呼んでいるのでその内容を確かめたかったからだ。

著者によると「異端」と呼んだのは皇女であるのに百首歌を熱心に詠んでいたこと、気軽に臣下にあたる人に歌を送っていること、男歌の名手であること、などが理由のようだ。このほかにも、当時一般的だった今日から見ると迷信に思える事柄に注意を払わなかったこともあげられる。

式子内親王の歌は透き通るような美しさと時にみせる激しさとが特徴だ。限られた資料を用いて内親王の実態に迫ろうとしている。これは後年になって内親王に付託されたイメージを修正しようという試みでもある。

私は内親王の歌は静かな中に激しさをたたえた性格がそのまま歌に出ているのではないか、と思っていた。しかし著者の指摘によって、歌のテクニックも素晴らしいものなのだということがわかった。そういうことを明確にできたのは良かった。

内親王の後には女房歌人についての記述になる。これも女房歌人に後年まつわりついた伝説を取り去る考察が記されている。

これまで定説となっていた事柄に新しい光を当てていて歌のみならず色々なことを考えさせる著作となっている。

2023-03-03

式子内親王 奥野陽子著 ミネルヴァ日本評伝選 ミネルヴァ書房 2018年刊

内親王にして歌人という珍しい存在の式子内親王の伝記だ。百人一首の歌はよく知られているが、その生涯や人物についてはあまり知られていない。それを同時代の記録や歌集を駆使して描いている。

人物像を描くとしても歌の他には頼るものが少ないので自ずとその作品から考え方、感じ方を探ることになる。この本はそういう試みを行なっている。

式子内親王の歌は勅撰集等の歌集に多く入選している。また家集もあるが実際は残っている歌はほんの一部であるようだ。それでも作風を辿ることはできるようだ。

本の内容の大部分が歌の特に百種歌の解説、説明であるので所謂伝記を期待すると裏切られたようになってしまう。これは内親王の歌を検討することによって内親王の世界観に迫るという方法をとったためである。そのため歌の世界に詳しくない読者にはかえって難解になってしまっているかもしれない。しかし著者は丁寧にわかりやすく説明を行なっているので十分考えながら読み進めていけば著者の描いた式子像を味わうことができるだろう。

大袈裟に言えば歴史学と古典文学研究とが一体になったような著作と言える。今回よく理解できなかったこともあるので、しばらくしてまた手に取ってみたいと思っている。


2023-02-23

調べる技術:国会図書館秘伝のレファレンス・チップス 小林昌樹著 皓星社 2022年刊

国立国会図書館でレファレンス業務を行なっていた人が書いた国立国会図書館が提供しているツールを利用しての調べ方を書いた本だ。

ネット上に無料公開されている情報源なのでできるだけ利用した方が調査がスムーズに行くのは確かだ。 リンクページを利用しているので、国立国会図書館の蔵書を使ってのレファレンスではないわけだ。この点を押さえておけば後は著者の経験を主体とした記述なので具体的なやり方を自分で試すこともできる。

調べごとはネット上で常に完結するわけではないので、調べるためととっかかりを国立国会図書館が提供しているのだから、それらをうまく組み合わせて効率的に調べていくやり方を実例で示している本となる。そのため全くの初心者よりはちょっと経験のある人向けと言える。そういう点では有益なので目を通しておくべき本だと思う。

メールマガジンを書籍化しているため、やや特徴的な書き方になっている部分もあるがそこに気を取られていてはこの本が提供している貴重な調査法を読み飛ばしてしまうことになってしまう。それではあまりにも勿体無いと思う。

いずれにせよ、調査のヒント満載であることに変わりはない。

2023-01-25

国産航空機の歴史 笠井雅直著 歴史文化ライブラリー562 吉川弘文館 2022年刊

「零戦・隼からYS–11まで」という副書名が内容を語っている。軍用機を生産した会社を扱っている本だ。軍需産業に携わった企業の動きに焦点を当てている。そのため個別の飛行機についての解説本ではない。

日本の飛行機の歴史が軍の研究から始まることは言うまでもないことなのだが、民間の航空機会社(運航する)会社があったのかどうかについては全く触れていないのでそれについての情報は得られない。焦点は軍と飛行機を生産する会社とのやり取りに当てられており、企業経営史の著作と見たほうがいいかもしれない。

軍の要求に応じてどのように飛行機を開発し増産していったのか、が具体的なデータを元に示されていく。飛行機生産について具体的な資料を挙げての記述は著者の得意とする所なのかわかりやすい。

もちろん経営的なことだけではなく、日本の航空機業界の持っている弱点について、開発の阻害要因についての指摘もある。この辺りは目配りが効いている。

YS-11の開発には軍用機メーカーだった会社の出身者が多く加わっているので触れたのだろうが、民間機を扱うことには唐突な感じもした。

それはともかく、産業としての航空機生産がどのように進展したのかについて経済史的な視点からの貴重な本であることに変わりはない。

なお、著者の行論には関係がない微細な部分について気になることがあったので記しておく。

52ページ中ほど

「仏印に基地を置く陸軍の第一一航空艦隊の」

「陸軍」は「海軍」のはず。

55ページの始めのほうの

「雷電・彗星・彩雲という戦闘機に」

では雷電のみが戦闘機で彗星は艦上爆撃機、彩雲は艦上偵察機。三機種共に斜め銃を装備して使おうというアイデアがあったのが共通している。